インフルエンザワクチンを接種する・しない

 

2019年はインフルエンザの流行が例年に比較すると早いことは、皆さんの耳にも入っているのではないだろうか。ラグビーワールドカップがあり、世界中の人が応援しに日本へやってきたことも流行が前倒しになった要因とされている。

医療機関では10月上旬頃からインフルエンザワクチンを入手し始め、下旬から接種開始というところが多い。

 

さて、皆さんはインフルエンザワクチンを接種しただろうか。

 

今年はどうしようかな?と考えている人は少ないだろう。

毎年接種しているから接種する、もしくは、自分は接種しないと決めているから放っておいてくれ、となるのではないか。小さいお子さんがいるという家庭では、接種を検討しているかもしれない。

という具合に、インフルエンザワクチンを接種する・しないについて思うのは、後者では持論がある人が多い。

 

「接種しない」の持論は以下の点が挙げられるのではないだろうか。語尾に(だから接種しない)とつけて読んでもらいたい。

 

・接種してもしなくても自分は罹患しない

・物心がついて今までにインフルエンザに罹患した記憶がない

・接種してすぐに発症した人が過去にいた

・インフルエンザに罹らないように日常生活で注意を払っている

・インフルエンザに罹っても医療機関に行って薬をもらって治療する

 

このように、その人の経験や知識から様々なことが考えられる。ここで考えて欲しい。インフルエンザに罹って困るのはどのような人か。

 

インフルエンザは急性呼吸器感染症で、健康成人が感染すると急な高熱、筋肉や関節の痛み、倦怠感などの症状がみられ、水分補給をして数日安静にしていれば快復に向かう。健康成人での抗ウイルス薬の服用は、症状が非常に辛い、早くに熱を下げたい、家族への負担を減らしたいという場合が考えられ、全員が服用しなければならないというものではない。しかしながら、日本では、医療機関にすぐに受診できる環境があり、外来で迅速診断され、感染が確認されれば治療薬が処方される。その時に支払う金額は全額負担ではない。となると、自力で治癒させるという人はあまりいないであろう。

一方で、高齢者では施設入所者での集団感染が毎年のように報告されており、そのような場合、死亡者の報告も聞かれる。高齢者ではインフルエンザ感染により、細菌の二次感染が起こり、肺炎で死亡するという人が多くなるためだ。インフルエンザに感染するリスクを減らすことができれば二次感染も防げるという考え方ができる。そして、乳幼児や学童期の子どもでは流行が瞬く間に拡大すること、インフルエンザ脳症の発生があることが知られている。基礎疾患を有している人ではインフルエンザに罹患すると持病が悪化することもある。そのため、インフルエンザの感染、感染拡大、重症化、合併症を防ぎたいのである。

 

となると、予防対策は当事者がすればよいのではないかと思った人もいるであろう。

 

ここでインフルエンザウイルスの生態と感染様式を考えてみる。

まず、インフルエンザウイルスはウイルスである。ウイルスは自己増殖できないため感染細胞(宿主)が必要である。ウイルスによって宿主は決まっているものがほとんどだが、インフルエンザウイルスの場合、ヒト、トリ、ブタ、ウマなど、ヒト以外の動物にも感染する人獣共通感染症と呼ばれる感染症の原因ウイルスである。トリのなかでも水鳥は全てのタイプのインフルエンザウイルスに感染する(ヒトでは全144種類ある組合せの中の9種類が検出されている)。水鳥は越冬するために大陸を移動する。そのときにインフルエンザウイルスも一緒になって移動する。絶えずウイルスは宿主を求めて循環している。冬にしか流行しないように見えるが、亜熱帯地方では年中、南半球では日本の夏の時期に流行している。

インフルエンザウイルスはRNAウイルスを核酸の中に閉じ込めてウイルスを構成している。このRNAウイルスは複製エラーを起こしやすく、修復機能がDNAウイルスとは異なりないため、変異しやすい。流行型が毎年変わるということにつながる。そして人獣共通感染症ということは種を超えて感染することも特徴である。2009-10年に起こったパンデミック2009を覚えているだろうか。このときブタの体内でトリのインフルエンザウイルスとヒトのインフルエンザウイルスがリアソータント(遺伝子再構成)し、新型のインフルエンザウイルスが誕生し、ヒトへと感染した。これまで人類が感染したことのない型であったため、免疫のないいわゆる“感受性者”が多く、ウイルスの増殖スピードの速さ、飛沫感染接触感染によって一気に全世界へと広まった。

ワクチンの型が流行しているウイルスと合っているかいないかという話も聞くであろうが、変異のスピードについていけるか否か、予測できるか否かでワクチンの有効性も変わる。そんないたちごっこをしている人類とインフルエンザウイルス。ウイルスも子孫を残すために必死である。そんなウイルスの感染拡大を防ごうと、人類はワクチンを研究し続けている。

現在のような自分を予防したいから接種するという個人目線では、どうにもこうにもウイルスには打ち勝てないのである。ある程度の集団が接種しなければ、ウイルスの猛攻には太刀打ちできず、毎年流行することにつながってしまう。

ウイルスは感染したヒトの唾液に含まれ、飛沫感染する。飛沫感染とは、くしゃみや咳に含まれた唾液が飛沫となり健康なヒトの口や鼻から吸い込まれ、通常、会話するような距離であれば感染する様式だ。また、唾液はくしゃみをした際に手で覆った場合、その手でドアノブや手すりなどに触れ、他の人が同じところを触れることでも感染する。これが接触感染である。このようにウイルスは知らず知らずのうちに感染する宿主を求め、感受性者に感染した場合、そのヒトの抵抗力が感染力(曝露量)を上回ることができなければ、ウイルスは体内で増殖を続け発症に至るのである。ワクチンを接種していれば増殖のスピードや量が抑えられるため、発症したとしても軽症となり発熱の期間やその数値は抑えられる。しかし、この際も体内でウイルスは増殖しているため、感染源になることは否めない。もし、まっさらな(ナイーブなピュアな)ヒトが近くに居た場合、あなたが感染させる可能性もある。だからこそ、多くのヒトがワクチン接種して免疫を獲得しておくことで感染源になっても感染させにくくする側と、感染しそうになってもあらかじめ抗体という武器を体内で作っておき感染しにくくしておく側、という構図が必要になると考える。

 

最後に言いたいのは、日本で承認されているインフルエンザワクチンを接種して、ワクチン成分によりインフルエンザを発症することはない、ことだ。承認されているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンのみである。この不活化インフルエンザHAワクチンは、インフルエンザウイルスを不活化している。不活化とは病原体(ここではウイルス)を処理して感染力を失わせることであり、言い換えればウイルスは死滅している。不活化だけだと抗体をつくりだすのには不必要なものや副反応の原因となる物質が含まれているため、精製し抗原となるものだけ抽出している(ワクチンによって製造の方法は異なる)。インフルエンザHAワクチンの場合、HA(ヘマグルチニン)という物質が抗原である。この抗原をワクチンとして接種し、HA抗体を産生させる。

そのため、ワクチンを接種してもインフルエンザウイルスが体内で増殖することはあり得ず、発症することは考えられない。もし、周りの人で、もしくは自分が過去に接種後に発症したというのであれば、接種するために行った医療機関で、その道中で、その前日や直後にインフルエンザに感染している人に接触したかウイルスを曝露したことが推測される。インフルエンザの潜伏期間は24日である。あ、そろそろ接種しなきゃと気付いたのが、流行したというニュースを聞いたあとの場合、医療機関に訪れれば、待合室にインフルエンザの患者が座っていることは容易に想像できる。予防しに行っているのか、感染しに行っているのかわからなくなる。そのため、流行前の予防接種が重要となる。最近は企業内での集団接種を行うところも増えてきており、健康な集団で接種ができるため、感染のリスクは医療機関を受診するよりも少なくなる。社員の時間ロス、感染リスク低減につながることは言うまでもない。(小児科では、病気で受診している児と予防接種で受診する児とを時間帯を別にして感染リスクを軽減しているが、内科や他の科で予防接種のための時間や専用部屋を設けるのは難しいのが現状。)

さて、インフルエンザワクチンを“誰のために“ 接種する? 接種しない?